2014年6月12日木曜日

悲劇と誤算によって生まれたイタリア代表の新しい戦術

 モントリーヴォの離脱はプランデッリに大きな課題をぶつけることになった。
 直近2年の試合においてモントリーヴォはそのほとんどに出場し、イタリア代表の不動のレギュラーに定着していた。マルキージオ、ピルロ、デ・ロッシの前でトップ下としてプレイする彼は、所属クラブであるACミランでのボランチの経験とエッセンスを取り入れたパフォーマンスをし、プランデッリの信頼を着実に積み上げてきた。
 そんなモントリーヴォがワールド・カップまで二週間と迫ったところで負傷離脱した。今年中の復帰も危ぶまれており、ACミランも2014-2015シーズン前半を共に戦う、モントリーヴォの代役探しに奔走している。
 モントリーヴォが離れた席を獲得したのが誰であるのかはプランデッリにしか分からないが、彼の穴を埋める選手として最も注目されるのがマルコ・ヴェッラッティなのは間違いない。2年前、ペスカーラでセリエBを席巻した二人のパートナー、インモービレとインシーニェと共にメンバー入りを果たした彼は、すでに22歳にしてパリ・サン・ジェルマンでポジションを確保し、高い評価を受けている。モントリーヴォが負傷離脱をしたアイルランド代表戦、ルクセンブルク代表戦においても高いパフォーマンスを披露した。
 今までの傾向からして、モントリーヴォが外れたところは、実際にモントリーヴォを出さなかった試合において同じポジションでプレイをしてきたチアゴ・モッタやカンドレーヴァが担当するのが定石だが、このヴェッラッティの活躍はプランデッリに新たな発見をもたらしたと思われる。


ヴェッラッティという誤算
 ヴェッラッティは、視野の広さと精緻なパスを送る技術をもってピルロの後継者と言われているが、似て非なる所、ピルロよりも圧倒的に優れている部分も少なからずある。
 間違いなく言えることは、彼は今までのイタリア代表にはいなかった新しいタイプの選手だということだ。あえてプレイ・スタイルが似ている著名な選手を挙げるとすれば、クロアチア代表のモドリッチに近い。ボールを持ってから素早い判断で攻撃の糸口を見つけると、自分からそこへドリブルで仕掛けるわけでもなく、キラーパスを送るわけでもなく、チーム全体のギアを上げていくプレイを選ぶ。ユーヴェやACミラン、イタリア代表の試合を熱心に見る人であれば、ピルロのパス一本によって気付いたら点が入っていた経験があると思う。ヴェッラッティが得意とするものはそれではない。見落とすことはないが、実感としてチーム全体のリズムが上がっていることが明白に分かる類のものだ。ヴェッラッティの選択に周りの選手が連動し、攻撃のスピードがにわかに加速する様は観ていてワクワクする。要するに、いくつかの段取りを飛ばしてチャンスへ直結するピルロのパスとは全く違う、ひとつひとつの段取りはキチンと踏むがその展開が異様に早い演出をヴェッラッティは創りだすことができるのである。
 プランデッリからしてみれば、ヴェッラッティのこの潜在能力とチームへの順応性の高さは、この上なく良い誤算だっただろう。「ここにモントリーヴォがいれば」という妄想をしたくなる気持ちはたいへんよくわかるが、ヴェッラッティの台頭とい現実に目を向けてみても、悲観ばかりする必要がないことは一目瞭然だ。


従来の枠組みにヴェッラッティを組み込んだ戦術
 プランデッリは初戦のイングランド戦で特異な布陣を採用すると思われる。数字で表せば、4-1-3-1-1となる。「ダイアモンド型」は多くのチームにおいて使われてきたポピュラーな布陣だが、イタリア代表のダイアモンド型ではひし形の対角線の交点上にもう一人、選手が配置される。ひし形の中心でプレイするのはピルロだ。デ・ロッシは、ピルロのさらに後方からチームを操っていく。ピルロの両翼にいるマルキージオとヴェッラッティは、攻撃的MFとしての適正も充分に高い選手であり、その長所を生かして積極的に攻撃参加をしていく。トップ下のカンドレーヴァは、中盤のサポートをしながらFWとしての仕事もこなさなくてはならないが、器用な選手だからそれに苦労することはないだろう。
 イングランド代表を始めとする相手チームにとって最も厄介なのは、この布陣を制圧した過去のデータがほとんど無いことだ。4-4-2や4-3-3といった定番の布陣に対しては、何度も改良が重ねられた守り方が存在する。この法に則ることができれば失点をすることはなく、だからこそ「すべての選手が完璧なプレイを続けたらスコアは永遠に0-0のまま」なんていうミシェル・プラティニの名言が生まれ、その均衡を崩すことができる選手には「怪物」や「ファンタジスタ」の称号が与えられてきた。
 今大会のイタリア代表にはカッサーノやインシーニェといった、多くの人が連想するファンタジスタ像に当てはまる選手はいる。彼らはテクニックに長け、緩急を巧みに操ったドリブルを駆使し、相手を翻弄する。しかし、トッティやロベルト・バッジョ、デル・ピエロらと比べると、どうしても小粒感は否めない。実際に、この二人は直前までメンバーに入ることができるか否か、分からなかった選手である。
 だからといって、イタリア代表の躍進が期待できないわけではない。圧倒的なカリスマ性を誇る偉大なファンタジスタがいなくても、今回のイタリア代表は戦術自身がファンタジスタであるからだ。ピルロ、デ・ロッシ、ヴェッラッティ、マルキージオという世界トップクラスの配球力のある選手を中盤に置く布陣はまるで対策の目処が立たない。昔のように「ピルロさえ潰せばなんとかなる」とはならず、またいずれの選手も、パスの貰い手としての技術においても高いものを持っている。
 この特異な戦い方に慣れたところで、中盤の誰かに代わってチェルチ、インモービレ、インシーニェ、そしてカッサーノといったFWの選手が一人投入されるだけで、彼ら4人にはそれぞれ全く異なる個性が強く備わっており、このチームの様子はガラッと変わる。


 戦術そのものをファンタジスタにしてしまったプランデッリの腕には、頭が上がらない。交代枠の多彩さにおいても、従来のイタリア代表を凌駕する。キャプテンのブッフォンはベスト8を目標に掲げるなど謙遜の姿勢を崩さないが、優勝してもおかしくはない準備を進めていることは確かだ。

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