2014年6月14日土曜日

CL決勝に続き、カシージャスの致命的なミスが失点に繋がる

 ひと昔前まで、イケル・カシージャスは世界最高のGKの一人として高い評価を受けていた。ジダンやロナウド、ベッカム、イエロといった名だたるスーパースターと共に弱冠20歳にしてレアル・マドリードの絶対的なレギュラーとなった。カリスマ性とキャプテンシー、そして世界屈指のセービング能力を持って、目指し得るすべてのタイトルを手にした。
 しかし、モウリーニョがチームの守護神にライヴァルのディエゴ・ロペスを抜擢して以来、試合に出場することが少なくなり、徐々にその名声に陰りが見え始めた。カシージャスの欠点である足下の技術の拙さを、モウリーニョは重く見たのだ。
 他のポジションとは異なり、GKの場合はスタメンから外されてしまうと、滅多に試合に出ることはできない。スーパーサブとして後半途中から起用されることもなければ、運動量の少ないこのポジションではターンオーバーの影響もあまり出ないからだ。モウリーニョの後任となったアンチェロッティもまた、GKに高い足下の技術を求める監督であったために、カシージャスは2013-2014シーズンにおいて15試合にしか出場できなかった。そのうちリーグ戦での出場はたった2試合だ。統計を見ると、Whoscored.comによれば、ディエゴ・ロペスの71.6%のパス成功率に対し、カシージャスは65.3%となっており、彼の弱点が如実に現れている。

 カシージャスの試合感が鈍っていることは、今シーズンの終盤からハッキリと目立つようになった。
 チャンピオンズ・リーグ決勝の対アトレティコ・マドリード戦、失点の原因は明らかに彼にあった。不必要で、中途半端な飛び出しによってゴールマウスを空けてしまい、ゴディンが苦し紛れに頭で合わせた弱々しいボールがいとも簡単にネットを揺らすことになった。
 これと同じミスを、ワールド・カップの第一試合、対オランダ戦においても犯した。オランダの左ウィングバック、ブリンドのアーリークロスに対して、「フライング・ダッチマン」を彷彿とさせる鮮やかなダイビング・ヘッドを決めたファン・ペルシーは素晴らしかった。全速力で裏へ走りながら後方からのボールに合わせるという難しいプレイを、カシージャスの位置を量りつつ完璧にこなすことができるのは、世界広しと言えども彼しかいないだろう。しかし、このファン・ペルシーのゴールは、カシージャスの犯した小さくも重大なミスを上手く突いたものであることを忘れてはならない。

ファン・ペルシーのゴールシーンはこちら

 基本的なことではあるが、GKはシュートを受ける際、一歩でも前に出たほうが処理をし易い。ゴールライン上に立っていれば左右それぞれ3.5メートルずつを守らなくてはならないのに対し、相手シューターに近付けば、立っているだけで全てのシュートコースを遮断することができるからだ。
 ただし、前に出れば出るほど、別の視点から見たときにゴールがガラ空きになってしまうため、例えばシューターが横10メートルの位置にいる味方にパスを出せば、ボールを受けた彼は無人のゴールを前にすることになり、こうしたリスクへの対処を含めた総合的な判断力がGKにとって最も重要なスキルとなる。
 その他の前に出たときの弊害として、ループシュートを打たれる危険性がある。同様にゴールライン上に立っていれば、ゴールの高さは2.4メートルであり、手を伸ばして少しジャンプをすれば失点を防ぐことができるが、前に出ると頭上の遥か上を行くボールも、放物線を描いてゴールに入ってしまう。ただし、ループシュートのリスクについては、思い切って前に出れば軽減させることは可能だ。最もマズいのは、中途半端に前へ飛び出してしまうことである。
 ファン・ペルシーのゴールシーンでは、彼の横には実質的にオランダの選手は誰もおらず、シューターは彼しかいないのであるから、カシージャスは一歩でも前に出て横のシュートコースを一切遮断するか、徹底的に後ろで待ち構えてシュートに対処するかの判断をする必要があった。前に出れば出るほど、横のコースが無くなる一方でループシュートを許すことになる。後ろにいると横のコースは広くなってしまうが、ループシュートの危険性はゼロになる。
 カシージャスは、この最初の失点において、最悪の答えを出してしまった。映像を見れば分かると思うが、ファン・ペルシーのシュートに対し、一度前に出た後に下がりながら対処をしている。前に出たことで上のコースを空け、さらに後ろに下がったことで左右のコースをも空けてしまった。カシージャスの一連の判断すべてが、ファン・ペルシーのシュートコースを上下左右に広げていたのである。

 カシージャスが前に出ていたことを走りながら知ったファン・ペルシーは、トラップをしてはすぐに寄せられてシュートコースを切られてしまうだろうという判断から、直接、頭で合わせたのだろう。加えて、カシージャスが前に出ていたから、彼はさらにループシュートを選択した。しかし、カシージャスの判断ミスを考慮すれば、ファン・ペルシーがボールに触れる瞬間に、カシージャスは一歩、また一歩と下がっていたのだから、トラップをしたところで彼には冷静にシュートを打つのに充分なスペースと左右のシュートコースが用意されており、つまりファン・ペルシーは何をやっても点を取ることができた。


 似たようなシーンが、2006年のワールド・カップにあった。決勝のイタリア対フランスの試合、右サイドからのアーリークロスに合わせたジダンのヘディングシュートだ。尤もすべての条件が一致しているわけではなく、このとき、ジダンの前方には何人かのイタリアの選手がいたため、ジダンにトラップの選択肢はなかったのだろうが、イタリアのGKブッフォンは後ろで構えることに専念した。そして、フリーで打ったジダンのシュートは、ゴールラインぎりぎりで構えるブッフォンまでの距離があったことから、ブッフォンには反応するのに充分な時間が用意されていた。

そのシーンはこちら

 カシージャスと共に、21世紀の最初の10年間において世界最高のGKと評されてきたブッフォンは、セービング能力や反応のスピードではそのライヴァルに劣ってしまう。身体が大きいために動作がどうしても重くなってしまうためだ。言い換えればブッフォンの反射神経は、世界最高のものではない。しかし、彼はそれを絶対的な判断力を持って、シュートに対する準備に少しでも長い時間をかけることで、数えきれないほど多くのスーパーセーブを実現させてきた。

 ブッフォンもカシージャスも、年齢を考慮すると、今大会が最後のワールド・カップになるかもしれない。21世紀に入って以来、常に世界のGKの頂点に君臨し続けた二人の集大成が、この大会において飾られることになる。いくつもの困難を乗り越え続けてきたカシージャスの再起を願いたい。

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