2014年7月14日月曜日

ヴィダルの問題のコメントが大胆に誤訳誤解されている可能性

 ユヴェントスのMFアルトゥーロ・ヴィダルは、4000万ユーロ以上の多額の移籍金と引き換えにマンチェスター・ユナイテッドへ移籍するのではと噂されている。英国発信のこれらの噂に対してイタリア各紙は、「何のコンタクトも無い」「噂の域を出ない」と否定的な態度を貫くが、このほど、ヴィダルのコメントが彼の母国チリのニュース・メディアLa Terceraによって報道された。

 このコメントを、とある英国メディアが以下のように翻訳して、記事を作った。
Yes, I heard these rumours, but I don’t want to talk about it. For the moment I am just enjoying my vacation, then when I return to Italy we’ll see. Manchester United? I am relaxed, but of course who wouldn’t be pleased with interest from one of the best clubs in the world?”
ああ、噂については聞いているよ。けど、これについては僕は話したくない。今、僕はバカンスを楽しんでいるから、イタリアに戻ってから状況を見たい。マンチェスター・ユナイテッド?僕は今落ち着いているけど、一体誰が世界最高のクラブの一つからの関心に喜ばないんだ?

 このコメントがTwitterなどで拡散され、ヴィダルが移籍を示唆しているのではないかと議論されている。一日のインターバルを置いて、日本でもこの英文記事が和訳された形で広がった。本当にヴィダルは移籍をしたいのであろうか?イタリア・メディアはこの記事が出た直後に、またもユヴェントスとマンチェスター・ユナイテッドとの間にヴィダル移籍に向けた接触が何も無いことを報道したのだが。

 では、ここで原文を読んでみたい。
Vidal se encuentra de vacaciones en Chile y este sábado se refirió a la posibilidad de dejar Juventus y confesó que "he escuchado los rumores, pero no he hablado más del tema. Estoy disfrutando las vacaciones y cuando vuelva a Italia veré que pasa. Estoy muy tranquilo y a todos nos gustaría estar en uno de los mejores equipos del mundo". 

 私はスペイン語を勉強したことが無いので正確な翻訳はできないが、その兄弟言語であるイタリア語と母言語であるラテン語の知識を踏まえて、これの最後の一文を解釈してみる。
私は今落ち着いている。そして、すべての人が世界最高のクラブの一つにいたいと思うだろう。

 調べた所、 太字で表したestarという言葉は、イタリア語sono/essere、ラテン語sum/est、英語のbe動詞にあたる言葉である。中学校で習った英語を思い出していただければよいが、be動詞の意味は「いる・ある・である」が基本であり、"I have been to Tokyo twice." などの一部の場合に限っては、「行く」と解釈される。
 ラテン語やイタリア語で、sonoやsumが「行く」と解釈されることは英語と同様に稀であり、おそらくはスペイン語でもそうだろう。
 加えて言えば、英語でbe動詞を「行く」と解釈する場合は、方向や進路を表す前置詞toが後続しなくてはならないが、今回の言葉でestarの後ろにあるenという前置詞は英語inとほぼ同義で、要するに「~に、~の中に」といった、既存の場所にそのまま存在し続けることを意味する言葉である。

 これらを考慮して、最後の一文を完全に単語を置き換える形で英訳した場合は、
(I) am very quiet/relaxed and all of players will/would be in one of the best teams.
とするのが適切であろう。


 イタリア・メディアでは、このヴィダルのコメントの当該部分を以下のように訳している。
Sono molto tranquillo e a tutti piacerebbe stare in una delle migliori squadre del mondo.
私は今とても落ち着いており、全ての選手は世界最高のチームの一つに残りたいと思うだろう。 

 スペイン語もイタリア語も全く読めない人でもお分かり頂けると思うが、スペイン語によって話されたヴィダルのコメントの最終文とイタリア語のこの文章は、さすがは兄妹言語であり、tranquiloとtranquillo、a todosとa tutti等、非常によく似ている語が同じ箇所で使われている。
 逐語訳がされたこのイタリア語訳文の中で唯一、例外がstareだ。一人称複数(私たち)に対応したessere動詞(be動詞)のsiamoや、三人称複数(彼ら)のsono、スペイン語の場合でもそうであるが仮定法的用法としての原型essereではなく、英語のstayと同義のstareをここで使っている。stareの意味が「(その場所に)とどまる、残る」であることを考えれば、イタリア・メディアはヴィダルのコメントを「私は世界最高のチーム(ユヴェントス)に残りたい」と解釈して報じているのだ。

 ヴィダルの言う「世界最高のクラブの一つ」がユヴェントスなのか、マンチェスター・ユナイテッドなのか、どちらにせよ彼は差し障りの無いように、曖昧な言い回しでインタビュアーの質問に答えた事には違いない。だからこそ、マンチェスター・ユナイテッドへの移籍に前向きであると捉えるのは、あまりに強引ではないかと私は思う。


【補足】ヴィダルのインタビューの最終文を「仮定法」と解釈した場合
 estarが原形動詞であるため、この文が仮定法であると解釈することは正しいと思われる。しかし、注意しなくてはならないのが、主語が「私」ではなく「全ての選手」となっていることだ。
 主語が「私」であるならば、「現在平凡なチームであるユヴェントスの所属している私が、もしもマンチェスター・ユナイテッドのような世界最高クラブの一員になれたら最高だ」という意味合いになるだろう。しかし、今回の主語は「全ての選手」だ。つまり、「一介のサッカー選手であれば、ユヴェントス/マンチェスター・ユナイテッドのような世界最高のクラブの一員になることを望んでおり、私は今満足している/マンチェスター・ユナイテッドに行きたい」の両方の解釈が取れるのだ。
 文学作品でも芸術作品でもないので、このような文法的解釈の検討は恐らく意味をなさないのだろうが、兎にも角にも、ヴィダルのコメントをマンチェスター・ユナイテッドへの移籍の示唆と捉えるのはあまりにも早計なのである。

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